2008年12月24日水曜日

実験を自動化して作業時間を削減しよう

日本の研究室は作業時間を減らすために、もっと自動化をさせる必要があるかもしれません。例えば、今日、実験室で、ねり飴みたいなものを、3分ぐらい手でかき混ぜましたが、これは自動化可能で、作業時間を短くできます。その短くした時間は、他のことに使えます。この混ぜる作業は世界中で行われていますが、日本では手作業で、アメリカの一部の研究室では、攪拌機で自動で行わせます。もちろん攪拌機を使った方が楽です。

アメリカのHarvardとMITの研究室では、かき混ぜる作業は、攪拌機(機械)を使って自動化させます。この攪拌機を使うメリットは、人が楽をできて、混ぜている間、違う作業をできるということです。僕が滞在している間に思ったことは、この手のシステムを作って、単純作業をスマートにこなすことが、アメリカではものすごく奨励されているように感じました。

一方で、同じものを混ぜるときに、日本の研究室10箇所では、装置の見学をしましたが、攪拌機を使っているところはありませんでした。なぜかみんな一生懸命、手で混ぜています。見ていて、あまりシステムを作って楽をしようという気はないように感じました。

この混ぜ合わせる作業で3分の作業を自動化して節約するだけでなく、他の部分で自動化を行い、積み重ねて時間を削減することで、作業時間を大幅に削減できます。アメリカの研究室の方が、単純作業を自動化し、もっとクリエイティブなところに時間を使おうと心がけている印象を、僕は持っています。

以上のように、機械に自動化をさせて、もっと創造的なことに時間を使っていくために、ハードの面で(もちろんソフトの面でも)、それを意識した環境整備をする必要があります。作業時間を短くするために投資するのは、なぜかあまり従来日本の研究室文化では考えられていませんでしたが、世界と効率のよさでたたかっていくのには必要なことのように思います。

2008年12月23日火曜日

やったことの2割も書き残せていない

研究でやったことは、論文にしなければ、たとえ隠れてやっていたとしても、やってないことになってしまいます。HarvardのWhitesidesも以下のように、
If your research does not generate papars, it might just as well not have been done. "Interesting and unpublished" is equivalent to "non-existent".
論文を出していないと、研究は存在しない扱いになると言っています。せっかく、世界に先駆けてやったことがたくさんあるので、やったという証拠を残しておきたいものです。実験をやったという証拠がないと、研究成果の証明にはなりません。

ということで、やったことは、論文を書いて残しておくのがよいのですが、論文はなかなか書くのには時間がかかり、思ったように残していくのは難しいです。現状では、やったことの2割も書き残せていないのではないでしょうか。労働時間が長くても、成果につながっていないので、問題です。

まず学部4年のときと、修士でやった実験の全ては、残念なことに何も形になっていません。ということで、全ての労働時間は0という成果です。なぜこうなったかというと、実験の一部は、論文という形にまとめたものの、前所属していた先生が、もっとデータをためてから、論文を出すという判断で投稿できなくなって、何にもならなくなったからです。

博士でやった実験は、少しずつ書いて、なんとかわずかながら形にできていっている感じです。でも実験結果を書く時間が足りないので、もっと書く時間を増やす必要がありそうです。

僕の場合、研究の成果の律速は、論文執筆です。昔は、1日あると、ついついそのほとんどの時間を実験に費やしてしまっていました。しかし1日の時間を実験に全て費やすと、実験は進むものの、何も論文という形に残せないことに気がつきます。なぜなら実験の時間が10だとしたら、書くのは同じぐらいの時間の10程度かかるからです。ここで論文執筆にかける時間を増やすと、研究成果がもっと増えるはずです。

僕の逆で、やった実験をうまく書き残せている人もいます。これは労働時間が短くても、成果につながるので、よいケースです。例えば、MITで会った韓国人の留学生は、同世代の優秀なやつで、「やった実験は全部論文にしてあり、論文にする必要がある実験結果はない」と言っていまして、衝撃を受けました。たしかに彼の書いていた論文の質はよく、量も多かったです。

よく論文を出している研究者は、当然ですが、1日に占める論文を書く時間が長いように見えます。移動中に書いたり、自宅でも書いたり、ミーティング中!にも書いたりしているようです。実際、よく論文を執筆していた先輩は、実験はほとんどしていないようにすら見えました。そのぐらいでいく方が、成果の観点から見ると、幸せになれそうです。

そんなこんなで、このままでは何もやっていないことになってしまうという危機感を覚え、ようやく最近では書くことに重心を移し始めました。研究室に行かず、自宅で執筆するのも、集中できてよいものです。

2008年12月19日金曜日

優秀な後輩2人に手伝ってもらい仕事を終わらせる

優秀な後輩2人に手伝ってもらい、研究室で入力しなければならなかったデータベース入力の仕事を終わらせました。後輩の何が優秀だったかというと、一度教えたことは、次に教えなくてもできることと、「手伝ってくれ」と言ったその日の内に、仕事を終わらせてくれたことです。こういう人たちがいると、先輩としてはとても楽でよいです。後輩には感謝です。

今回の件では、マネジメントの勉強にもなり、仕事の頼み方にも、工夫が必要だと思いました。まず気楽に引き受けられるぐらい仕事を簡単なサイズにすることが重要だと再度気がつきました。今回、どこかで作った発表資料を、材料にして、データベースに入力してくださいと頼んだら、ちょちょいとやってくれました。これを、素材が何もなしに、一から準備してそれをデータベースを入力してくれといったら、仕事としては大きくなりすぎて、引き受けてくれなかったでしょう。

また入力手順を彼らに順だって説明して、自立的に動けるレベルにまで伝えておきましたが、それも仕事が進めやすくなった原因だと思います。もし何も説明せずに、やってくれとだけ言ったら、彼らが自立的に動いてくれることはなかったでしょう。

考えようによってはデータベース入力は、単なる雑用ですが、僕にとっては収穫が多いものになりました。自立的な後輩がいると、自分の何倍もの仕事ができると驚いたことが1点です。こういう仕事でも、マネジメントの勉強にもなるのだなと思った点が2点です。単なる仕事も、考えながらやると面白さがにじみ出てきます。

2008年12月18日木曜日

6回目に当たりをひく

初めてやる実験をするために、手伝ってくれる人を探していました。とにかく早く仕事を進めたかったので、明日に手伝ってくれる人を探していました。その手伝って欲しかった実験は、違う場所でやったことがあって、最初から最後までかかる時間は2時間かかりますが、トータルの作業時間は20分ぐらいで終わるはずのものです。最初に溶液を混ぜたあと、放置しておくだけなので、難しくはありません。

それでトータルの作業時間が短く、難しくもないので、周りに気軽に助けてくれる人がいると思っていましたが、それは大きな勘違いでした。明日は忙しい、もしくは不在と言われ、声をかけていき、5人の人に断られました。それであきらめて、帰宅しようとしたところ、6人目の人にも声をかけて、ようやく明日に手伝ってもらえる人を発見できました。

これだけ探す必要があったのは、手伝った人にメリットがない仕組みだったからでしょう。それは僕が提供できるものが少ないのも原因だと思いますし、他にもシステム上の問題もあるかもしれません。僕が美人な女性だったら、なんとかして手伝ってくれる男の人も増えたでしょうし、人を手伝ったらお金がもらえるシステムだったら、みんな手伝うものでしょう。でも現実はそうではありませんでした。

今後、手伝ってくれる人を簡単に見つけられるようにするための対策は、手伝った人にメリットがあるようにすることです。僕は、美人な女性にもなれないし、お金もあげられません。ここは頭の使いどころです。

2008年12月16日火曜日

Let's note w7のハードディスク換装

Let's note w7のハードディスクの容量が、残り10GBぐらいしかない状態を続けていたので、ハードディスクを換装しました。それで元の容量は80GBしかなかったのですが、300GBになりました。これで当分は問題が発生しないと思います。Let's note w7は、特別仕様でないSATAの2.5インチハードディスクでも交換できて、モバイルノートのくせに保守性が高くてよいですね。

まず金曜日に生協で、SATAの2.5インチハードディスクと、SATAのハードディスクをUSB接続ができるようになる箱を買ってきました。そして土曜日はUSBで接続して、ハードディスクのフォーマットをしました。これは4時間ぐらいかかりました。

続いて日曜日に本格的に移行作業を行いました。まずフリーソフトのEASEUS Disk Copyで、移行元から移行先へと、ハードディスクの中身をコピーしました。続いて、同じくフリーソフトのEASEUS Partition Managerで、ハードディスクのパーティションを統合しました。ちなみにVISTAのComplete PC バックアップを使っても、うまくコピーできませんでした。移行先と移行元のハードディスクの容量が同じでないと、うまく動作しないのかもしれません。

ハードディスクを取り出す作業自体は非常に簡単でした。ネジを外すところは4本だけでいいし、ケースも取り出しやすく、コネクタは取り外しやすかったです。

ただ最後の最後に問題が発生しました。コンピュータの構成が変わったために、Windowsの認証が再度必要になったことです。MITで手に入れたVISTAは、MITで認証する必要がありました。さすがにMITに再度出かけることはできないので、VISTAのライセンスを買うことになるんでしょうか。

2008年12月13日土曜日

Science (Journal)購読 $160/年

少しでもまともな論文が書けるようにと、論文誌であるScienceを購読して、参考にすることにしました。よいものを生み出すには、よいものを取り込むことが大事だと思いますし、アウトプットのために、インプットを増やすという順序は、無駄がなくて自分でもいいと思いますね。

かかった費用は学生だったので、一年で$160(1万5千円ぐらい)です。1年で51週分印刷したものが送られてくるそうなので、1冊あたりにすると、300円ぐらいになります。1冊千円もしないので、意外に安いです。

問題は買ったとしても、英語の雑誌を読んでいけるかどうかですが、読めそうな気がしています。その理由は、まず留学前に比べて、英語を読むスピードが速くなったことが第一の理由です。第二の理由は、それに加えて、通学で毎日2時間は電車に乗っているので、時間だけはたっぷりあるからです。

こういうのに投資するようになって、形だけは、プロの科学者に徐々に近づいていっている感じがしますね。よい兆候だとは思います。

2008年12月11日木曜日

タバコとお酒に寛容な日本

昔から思っていたのですが、日本に住んでいる人は、タバコとお酒に寛容すぎるのではないかということです。他人に迷惑をかけることに、ものすごく気を遣う国民なのに、この2点で迷惑をかけても平気な顔をしているのが、不思議なことです。(僕は迷惑をかけられなければ、みなさん好きにやって下さいという方針です)
  • いろいろなところでタバコの煙が立ち上がり、よく受動喫煙にあう。歩きタバコが多いし、禁煙とされている場所で吸っている人も多い。
  • お酒に関して寛容。酩酊している人が多い。吐く人も多い。田舎では飲酒運転も目立つ。
ボストンの方が、タバコを吸う人は少なく、お酒に関してはもっと厳しかったです。これはボストンにプロテスタントが多かったのが、影響していたのだと思います。

ここに何か書いておいても、日本の社会が変わることはなく、何も解決にならないのですが、タバコとお酒があまり好きではない人は、所属する社会を変えるというのは一つの解決法になるかもしれません。

日経マイクロデバイス12月号の3p

日経マイクロデバイス12月号の3pに自分の研究が取り上げられました。まだまだ大したことはやっていないので、もっともっといい成果を出して、世の中にインパクトを与えたいですね。

2008年12月8日月曜日

越谷レイクタウンは5時間では回りきれない

日曜日に、越谷レイクタウンに行ってきましたので、感想を書いておきます。

そこにあったものは、駅、池とイオンレイクタウンで、更地が目立ちました。ニュータウンのようで、住宅地はまだ形成されていませんでした。公共の施設も周囲にあまりできていないので、今住むのは、生活に苦労しそうですね。

メインの、イオンレイクタウンは国内最大級のショッピングセンターということで、5時間滞在しただけでは、とてもじゃないけれど回りきれませんでした。暇つぶしにはものすごくいい場所で、ショッピングはだんだんとアミューズメントパーク化しているなあという印象を受けます。

店の量は圧倒的です。スーパーがマルエツとジャスコ、本屋がツタヤと未来屋書店、それぞれ2つずつあったのが驚きです。よくよく考えると、似たような商品が、複数箇所に渡って配置されているのです。大きい分、買い物をするには、少し疲れるかもしれません。

大体のものが手が届きやすい価格帯にありました。とくに高いものは売っていませんでした。服に関していうと、有名どころのセレクトショップがなかったのが残念です。こじゃれたものは、都内の方がたくさんありますね。

イオンレイクタウンをアミューズメントパークの代わりに使うのは、よい戦略だと思います。何かを買うというより、いろいろな商品を見て楽しむというのが、使い方としては適切かもしれません。物質欲求はかなり満たされます。

2008年12月6日土曜日

60時間論文マラソン

12月3日に、帰国後初めて大学に行きました、と、そのときいきなり48時間後に締め切りの原稿を抱えてしまいました。その日の午前11:30に先生と話した結果、アメリカで行った研究を元に、12月5日午後7:00締め切りの原稿を出すことになったからです。以下やったことを時系列で書いておきます。

3日は、あまり筆(キーボード)をとらずに、論文の論理構成を練るのと、共著者に連絡するに時間を使いました。さらにその日はどうしても実験をする必要があって、あまり論文に時間を割くことはできませんでした。飛行機に乗っていたときの疲れもあり、夜11時にはどうしても眠気を抑えられずに寝ました。

4日の作業量が一番多く、内容量がぐんぐん増えたときです。書きやすいところから書いて、適当な英語でもいいからとりあえず埋めるという形で、内容をどんどん埋めていきました。大学に朝8時から夜8時までいて働きまして、その後、自宅に帰った後からもずっと論文を書き続けました。さすがに夜12時には、眠くなりすぎたので、少し仮眠をとりました。

5日は、内容のブラッシュアップの日でした。午前2時に仮眠を終え、少し寝た結果なのか、頭の回転が少し速くなっていました。それからまた作業を続けて、午前5時に初稿を完成させました。その初稿をアメリカの共著者に送って、内容のチェックをしてもらいました。そのチェックの間、午前5時から9時までは寝ました。アメリカと日本との時差は使いようによっては、ものすごく楽ですね。
  • 9:00-15:00は、初稿の改訂でした。朝9時に起きると、内容をチェックされた原稿が届いていたので、それを元に再度書き始めました。残念ながら9:30-13:00までは、大学の授業に行っていて、作業はあまり進みませんでした。ようやく13:00から作業を再開し、15:00に最初の改訂は終わりました。
  • 15:00-18:00が、第2稿の改訂です。第2稿を15:00に、先生へ提出し、その修正原稿を16:00ぐらいに受け取りました。18:00まで、その先生のコメント通りに修正しました。これで第3稿です。
  • 18:15-18:45が英語のネイティブチェックでした。それを終わって第4稿です。
それで投稿を完了したのが18:55ぐらいで、なんとか19:00の締め切りに間に合いました。

時間配分はまあまあよかったかな?という感じでした。この短い間に3人のチェックを直列で受けて、第4稿までブラッシュアップできたのが、要領がよかった感じです。睡眠時間が6時間ずつは確保できたのは、悪くないです。ただ生活をメンテナンスする時間はほとんどありませんでした。運動の時間を全く確保できませんでしたし、洗濯も料理も全くやりませんでした。たとえ生産性が高いとしても、このリズムで毎日過ごして、生活すことはできないでしょうね。

今回よりも、もっとうまくやろうとしたら、作業スピードを早くすること(英語の書くスピード、絵を描くスピードを上げる)、事前の仕込みをしっかりやっておくこと(論理構成を考えておく、データを加工して使えるようにしておく)ことが重要そうです。これらはまた次の課題ですね。

2008年12月3日水曜日

大月珈琲

僕の小さな幸福といえば、珈琲です。

今日大学に来たら、構内に珈琲屋さんがバンでやってきていましたので、利用してみました。大月珈琲という名前です。ブレンドコーヒーを、180円で、アメリカで買ったタンブラーに入れてもらいました。分量は、400 mlの9分目まで入れてくれたので、360 mlぐらいでしょうか。店員さんが言っていたのは、普通の紙コップを利用したときは、250 mlとのことです。タンブラーを利用した分、ちょっと得をしています。

180円でこれだけの量が飲めるなら、次も利用したいと思いました。水曜日にしか大学に来ていないので、一週間に一回しか利用できないのが、少し残念ですね。

2008年12月1日月曜日

Test

MIT後の東京での生活を記録していきます。
 
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