2010年10月7日木曜日

イタリア国際会議に続き、東京展示会に出張す

皆様、ご無沙汰しております。イタリアの国際会議に1週間出張した後、東京の展示会に2日間行き、続けてオランダの国際会議に1週間来ています。これだけ出張が続くと、つらいものがあります。

イタリアでは、「ミラノ」と「ジェノバ」を中心に回りました。
  • イタリアでは、イタリア料理ばかりで、最後の方では飽きました。料理に関しては、国際的ではなく、イタリア料理好きでないと、不満がたまってきます。食べるものは、トマトソース、オリーブオイル、薄いピザ、チーズ、パスタ、ワイン、エスプレッソと炭酸ガス入りの水という印象です。生野菜や生魚をあまり食べない文化なのか、ビタミン不足を感じました。
  • 英語はほとんど通じませんでした。イタリア語しか話せない人が普通です。数字もイタリア語で発音しないと、通じません。少し面倒臭いです。
  • 割と現金文化です。クレジットカードはレストラン、スーパー、ホテル以外では、使える箇所は少ないです。クレジットカードを使おうと思って、7日間で200ユーロしか持っていきませんでしたが、それでは足りなくなりました。
  • またイタリアでは、印象派の絵画が少なく、少し物足りませんでした。宗教画が多いです。構図や手法はほとんど同じです。中心に軸があって、対称的に絵を描くようになっています。
  • 物事がゆったりしていて、スーパーの列では、15分並んだりしました。平日の日中でも、広場や海を眺めて、ゆっくり座っている人が多いです。
  • ハイテクはほとんどなく、ローテク、とくにデザインで勝負している感じです。軽薄短小の機器を作るような民族性でないんだと思います。インターネットの回線は遅いです。アメリカや日本のように、ハイテク機器を使いこなしている人はほとんどいません。携帯ゲーム機も街では見かけませんでした。
  • 服はおしゃれな人が多く、歳をとっても、サイズ感があったびしっとした服を着ていたのが、流石といった感じです。
  • 自転車はロードバイク率が高く、乗り物に対する人気を感じさせました。

東京は久しぶり(1ヶ月ぶり)でしたが、都心に滞在していたので、東京の良さを実感しました。東京に住んで、満員電車がなければ、最高です。愛知と違って、欲しいものは大体手に入ります。都心では、ホームセンターやスーパーで手に入る生活用品は、あまりありませんが、それ以外は充実しています。

続く

2010年9月16日木曜日

スルーパスが決まりだした

教授からのパスが多くなり、僕へのスルーパスが決まりだした。教授が仕事をたくさん引き受けるタイプの人で、その下で働く助教は大変だ。引き受けた仕事が、下流に流れてくることになる。

どうしたら楽になるか?
1)教授の引き受ける性格を改めて、仕事を減らしてもらう:こちらは簡単には実現しなそうだ。自分で変えられることではないので。
2)さらに下流に仕事をパスする:この方法の問題点は、学生に細かく指示を出して、つきっきりでやってもらう必要がある点だ。それだとできることは分かっているが、そこまで一緒にやるなら、自分でやった方が早くなる。自立して動ける学生が欲しい。そのような学生を育てるまでに、時間がかかってしまう。
3)6~8割の完成度にする:自分が変えればいいだけだから、これが一番実現しやすそう。完璧を目指さず、合格点をとれるところまでしかやらない(やれない)。

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土曜日からイタリア出張である。

2010年8月25日水曜日

帰省しても,自転車で駆け巡る

今日は少し早めの21:00に帰ったので,Blogの更新をしておこう。

8月15日(日)~19日(木)実家に帰った。帰省の方法は,自動車。なぜならロードバイクを運ぶためである。今回帰省したときに,やりたかったことは,近所の周りを,ロードバイクで駆け巡るということ。

そして久しぶりに,自転車で実家の近くを駆け巡った。風を切って,ペダルを漕いで進む感覚は,高校のとき以来。昔見た景色を見る。肉体の感覚が同じで,乗るごとに昔の感覚を思い出す。

10年近く経ったけど,高校生の時に比べて,体力は落ちていない。それどころか,増していると思う。高校時代に,高校までの通学に20分かかったが,今回は10分で行けた。

せっかく高校の周りを通ったので,高校周辺の写真を撮っておいた。ここにあるのは,周辺にある,道の写真2枚である。これは他の人が見ても,単なる田んぼだ。しかし,自分が見ると,それなりの思い出がある。この道は,自転車に乗りながら,誰かと話しながら,通り過ぎていった。


この道が,10年経っても,変化がなかったことに驚いている。日本の田園風景はもうそんなに変わらないかな。。。ここらが切り開かれるエネルギーがあるとは思えない。

他にも,いろいろなところへ行ったので,時間があれば,更新する予定。

2010年8月14日土曜日

停電がありつつも,休日に突入

本格的に働くのは,今日(8/13)まで。今日も大学に行ったが,働いている人は普段の1/3程度。学生は夏休みモード。

食堂,売店も休みで困った。自販機以外に食料はないため,昼は大学外に車で出かけて,食べることになった。浜松餃子とつけ麺のセット(884円)を食べた。これは少し量が多かった。

明日から3日間停電なので,食料庫を空の状態にした。冷蔵庫に残っていた牛乳を500 mLぐらい飲み干した。僕は乳糖不耐症のようで,お腹の状態が悪くなった。普段まとめて,牛乳を飲むことがないのに,大量に消費したのは問題だった。

明日は休日にも関わらず,停電があるため,実験材料が入っている冷蔵庫を発電機につながないといけない。基本的には学生にやってもらう。しかし,一度システムの動作確認に,大学に行く必要がある。こんなに長い停電は,おかしさを感じる。来年はもっと短くしてもらいたいもんだ。

2010年8月8日日曜日

サイクリング 静岡県湖西市、浜名湖、豊田佐吉記念館

自転車に乗って、静岡県湖西市まで出かけた。今日の天候は曇りで、暑くならならず、肉体的に楽だった。ところで湖西市は、浜名湖の西にあり、愛知県豊橋市と静岡県浜松市の間にある市である。
湖西市(こさいし)は、静岡県の最も西に位置する市である。旧浜名郡の一部で、1972年市制施行。自動車工業、農業、トヨタグループの始祖の町として有名。(Wikipediaから転載)
またスズキの湖西工場を始め、メーカーの工場が多く、お金がある自治体である。住んでいるところに比べて、グラウンドや体育館が立派なのが、よく分かる。

湖西市から見た浜名湖 本日は曇り

道中、愛知県道・静岡県道3号豊橋湖西線を走っていると、「豊田佐吉記念館」の看板が目に入った。特に計画をしていたわけではなかったが、寄り道をすることにした。ここで半年前に読んだトヨタ伝という本に、豊田佐吉記念館の話が書いてあったのを思い出した。トヨタグループの社員は、ここに研修に来るらしい。
豊田佐吉記念館は、トヨタグループ創業者 豊田佐吉の生誕120年を記念して、佐吉の生誕の地に1988年10月に開館。佐吉の生家を中心に、佐吉が発明した数々の織機やゆかりの品々を展示。自動織機の発明にとどまらず、自動車をはじめとする日本の産業の発展に努力した、佐吉の志、情熱を感じ、親しんでいただけます。(http://www.toyota.co.jp/jp/about_toyota/facility/11.html)
朝9時近くに、中に入ってみた。
豊田佐吉記念館 入口

母屋

展示室内にある豊田佐吉23歳のときに作った「豊田式木製人力織機」。館内には4,5台の織機が展示されている。23歳でこんな機械を作ってしまうのだから凄い。


裏山も見学でき、展望台もある


展望台から眺めた湖西市と浜名湖


豊田佐吉生家


周辺の景色 田園風景


近くでは、くわがたとカブトムシも売ってる 5,6匹で500円だった

志が高ければ、道はある程度、切り開かれるという好例を見た。ただしモチベーションが高い人が湖西市に産まれたのが不思議だ。豊田佐吉は、なぜこの湖西市から、世界を目指そうとしたのか、謎は解けなかった。そのような人は、どうやったら、産み出せるのだろうか。

この豊田佐吉記念館は、最寄りのJR鷲津駅から2kmあり、行きにくい場所にあるが、無料で、綺麗に整備されているので、寄り道で行くのはお薦めである。織機は工学を学んだ人には興味深いと思う。

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2010年7月27日火曜日

守備範囲広がる

仕事の守備範囲が広くなって、割と忙しい状態になっている。というわけで、Blogの更新もさぼり気味だ。

学生やポスドクのときは、自分の研究を中心に考えていて、とくに問題はなかった。(周りのことを考える学生だったら、もっとよかったけれど。)その分、自分の研究は深く、迅速に進んだ。また自己中心的に進める時期がないと、大研究はできないと思う。

翻って現在、自分だけで実験をする時間はない。実験をするときは、教育も兼ねて、学生と一緒に研究を進める。原理をゆっくり説明しながらやるので、進みはのろのろになる。大学では、研究の進展よりも、学生の成長に喜びを見出さないと、やっていけないところがある。研究を迅速に進めたいなら、教育義務が少ない研究所がいいだろう。

また研究室の学生から、レスキューを求められると、教員である以上、一緒に考えたり、実験したりせざるを得ない。相手が少ないときはいいが、それが10人にを超えると、求められる知識の量が増え、範囲も広くなる。聞かれて、分かりませんでは、教員のプライドが許さない。そうこうして、勉強する量も膨大になり、忙しくなる。諦めたら、楽にはなるが、あんまりいい選択肢には思えない。

2010年7月10日土曜日

自動車ではなく自転車で海に行く

せっかくの休みなので、海を見ようと思って、自転車で海岸を目指した。この日、コンディションはイマイチだった。向かい風で、空気抵抗が大きかった。湿度と温度ともに高く、体温が下がりにくかった。曇りで、日差しが弱いのが救いだったが、30分も乗ると、ばてばてになった。

出発して1時間ほどで海岸に着くと、そこには海の家も何もなく、単に砂浜があった。ウミガメの産卵地であり、保護されているようだ。看板には、「砂浜への車の乗り入れも禁止」と書いてあった。

男のサーファーが約10人いた。彼らは一様に、黒いウェットスーツを着て、サーフボードを持っていた。また周りには人数に合わせた分の車が駐車されていた。そんな海岸に自転車で行ったのは、場違い、ではあった。サーファーは僕を見て、「何をしに来たのか?」と思っただろう。

海は単に見に行っただけなので、写真を撮って、満足して、帰った。滞在時間は5分少々。自転車に海風を当てると、鉄のサビが促進されるので、長期滞在は嫌なのである。海も見たいが、自転車を守ることの方が優先される。

自転車で行くと疲れは溜まるものの、いつもと違う空気が味わえるいい場所である。また時間があるときに来ようと思う。

 
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